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Romanticが止まらない [音楽]

世の中にロマンティックなモノは数々あれどその筆頭はバレエではないでしょうか。
ルネサンス期のイタリアに端を発する舞台舞踊芸術は、革命に揺れるフランスでロマン主義による洗礼を受ける一方、ロシアに伝播した貴族的な宮廷バレエはより洗練され芸術性を高めていった。
現代「3大バレエ」と呼ばれるのはロシアで花開いたクラシック・バレエで、何れもピョートル・チャイコフスキーが作曲を担当した、「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」、「白鳥の湖」。
バレエと言うと連想するのは「くるみ割り人形」か「白鳥の湖」。舞台を観たことはなくても、そこで使われている楽曲のうち幾つかはTVやCMでもBGMとして使用されて、広く知られていると思われる。

唐突にバレエ、ではあるが、今日から12月。師走にしてそろそろ年の瀬。
この時期は「第九」ことルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲「交響曲 第9番 ニ短調 作品125」、その第4楽章の主題が「歓喜の歌」として親しまれているが、せっかくクリスマスで街中がイルミネーションできらめいて一年中で一番ロマンティックな季節、チャイコフスキーのバレエ音楽でロマンティックしましょ。

「くるみ割り人形」はそのストーリーがクリスマス・イブのパーティから始まる。ド派手でトンでもない規模のパーティであるが、ヒロインであるクララちゃんにプレゼントされるのがくるみ割り人形。
なんでお子様にクルミ割りなんでしょうか・・・とかは気にしない。
客も捌けて家族も寝静まった真夜中12時。人形のベッドに寝かせたくるみ割り人形を見に来たクララちゃんの身体が縮んでお人形さんサイズ。そこにハツカネズミの大群が押し掛けて来る。くるみ割り人形が率いる兵隊人形軍団VSハツカネズミ隊。助っ人に入ったクララちゃん、倒れるくるみ割り人形を助け起こしてみるとあら不思議、くるみ割り人形は凛々しい王子様になるのでした(以下略)。

バレエはなかなか観る機会が少なく、あったとしてもチケットがお高い!!!!
通しで観ると2時間前後。いくらロマンティックでファンタジックでメルヘンチックといってもちょっと長くてしんどい。

というわけで、「バレエ組曲『くるみ割り人形』」。
「くるみ割り人形」作曲中のチャイコフスキーはこの頃、自作を指揮する演奏会を企画していたが、あいにく手元に新作がなく、また作曲する暇もなかったため、急遽作曲中の「くるみ割り人形」から8曲を抜き出して演奏会用組曲として、バレエ上演前に演奏会で発表したもの。
演奏用の手持ち曲がなかったからなのか、バレエ公演の予告編、宣伝のために披露したのかは定かではないが、ダンスを伴わず音楽だけでも芸術作品として成立すると言いたかったのは間違いないんじゃないでしょうか。

バレエ・ダンスは確かに華やか、美しい。バレエ音楽だけでも十分華やかで美しい。
今ならYouTubeなどでバレエの各シーンを観ることが出来るが、そこは音楽ファン、組曲版でもしっかり楽しめる。『第1曲 小序曲』から『第8曲 花のワルツ』まで通しで聴いても20分と少し。ちょっと聴くのにちょうどいい長さ。『小序曲』と『行進曲』を除くとあとは全部舞曲。ウキウキ浮き世を忘れてひと時のファンタジー。もちろん、抜粋で聴いても構わない。
音楽を聴いて、思い出されるのはバレエのシーンか、はたまたディズニー・アニメーション「ファンタジア」の1シーンか。

イルミネーションがキラキラする街中を歩く、繋ぎ合う手袋越しの手の冷たさ。足を停めて語り合えばその言葉は白い小さな雲になる。もうすぐ、神戸では「ルミナリエ」、大阪では「OSAKA光のルネサンス」が始まるけど、そんなシーンに聴こえてくるのは・・・流れてきてほしいのは「第九」より「くるみ割り人形」・・・がいいな。
もちろん、「第九」も名作、名曲、大傑作ですよ、念のため。

因に、ドイツのお話しの中にどうして純日本的スイーツの金平糖が登場するのかと調べてみると、第2幕のお菓子の国に現れるのは「ドラジェの精」。日本ではドラジェが一般的でなかったために「金平糖」と訳された・・・とか。 クリスマスまでにドラジェを探してみましょうか。


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French Afternoon [音楽]

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ランチも終って、午後2時開演となるのはマグノリア・小林亜希子(Vn)&佐竹裕介(Pf)サロンコンサート。
ヴァイオリン・デュオでの演目は・・・、

ガブリエル・フォーレ作曲 「ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 Op.13」
モーリス・ラヴェル作曲 「ヴァイオリン・ソナタ」

そこはかとなくおフランスでトレビア〜ンなヴァイオリンソナタ2題。師弟つながりでもあるのでしょうか。

フォーレのソナタは若い頃の作品であるが、ヴェールに包まれた情熱というか、燃え上がる炎ではなく燠き火のようなっていうか、シャイな熱情っていうかァ、そんな感じ?

ラヴェルのソナタはヴァイオリンとピアノが別々の調で別の次元を構成している不思議な世界。水の面と水の中。上から覗けば暗い淀みで、下から見上げれば陽が差す明るみ、それが溶け合って波を起こし風を呼ぶ。水面と水中だけどひとつの風景。あるいは次元の境界線。さすがは「オーケストレーションの天才」と呼ばれたラヴェルの作。第2楽章がBluesというのも面白い。

アンコールは、
フォーレ「5つのヴェネツィアの歌 Op.58」から「第4曲 クリメーヌに」
クロード・ドヴュッシー「亜麻色の髪の乙女」
「亜麻色」は「前奏曲集 第1巻 L.117」からのおなじみの楽曲ですが、ピアノ・ソロではなく、ヴァイオリンとのデュオでキーまで変えた変則版。

以上4曲とも楽しませて頂きました。

ラヴェルのヴァイオリンソナタ、CD探そっと。


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ピアノ・ピアノ [音楽]

今日のお出掛けは池田市にある逸翁美術館。館内のホールで開催されるマグノリア・サロンコンサートを拝見するのが目的。 今日は安積京子さんのピアノ・ソロ。

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演目は
フレデリック・フランソワ・ショパン
  即興曲 第4番 嬰ハ短調 作品66 『幻想即興曲』
  3つの夜想曲 作品9 から 変ロ短調 作品9-1、変ホ長調 作品9-2
ロベルト・アレクサンダー・シューマン
  パガニーニのカプリスによる6つの練習曲 作品3 から 第1、2、4、6番
ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
  ピアノソナタ 第14番
嬰ハ短調 作品27-2『幻想曲風に』
フランツ・リスト
  リゴレット・パラフレーズ S.434

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同美術館までなら自転車でも行ける距離だけど駐輪場がちょっと不安。今日は1台も停めていない。折り畳んでホールに持ち込めたらいいのだけれど、どうでしょう。一度尋ねてみるべきか?

13時にチケット交換、13時半開場、14時開演だったのですが、12時に同美術館着。館内にあるカフェ、喫茶室IAMでまったりランチしようという企て。HPで見た「とろとろ角煮カリーライス」にそそられて・・・。

ランチの内容は別記事に譲るとして、コンサートの方はというと・・・。
よく練習されているとは感じました。テクニカルで、音のキレ、メリハリも効いていたとは思います。でも、もう少ォしだけ"優しさ"が欲しかったかなァ、特にショパンは。あまりに感情過多は頂けないが、ノクターンは技巧よりももうちょっと"想い"を感じさせて頂きたかったかなァ。「月光ソナタ」も同じですね。"幻想曲風に"というのはどう解釈するのが正解なんだろう??
エラそうなことを言うのも、ナンやけどね。
でも、まァ、楽しませて頂きました。マイクを持ってのMCも聴きやすく分かりやすいご説明でしたし。
ド迫力のオーケストラもいいですが、ワタクシことたーぱぱはやはりピアノ。ヴァイオリンより、チェロよりも、管楽器よりもピアノが好ましい。

そうそう、アンコールはフランツ・シューベルト作曲「4つの即興曲 作品90 D899 『第2曲 変ホ長調』」。

来月も2本、マグノリア・サロンコンサートを予約してあるのだけど、不覚にも同じ日に催されるクルーズポタも予約しちゃったんだよねェ。どうしよ!?


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感動、感激、感涙の「大阪クラシック」終楽章 [音楽]

1週間に渡った「大阪クラシック」も今日が最終日。
フィナーレは外すわけにはいかないので、5時起き、6時前に家を出て、8時半の整理券配布に向けて出発。今日もyosshuさんとご一緒、市役所前で待ち合わせ。張り切って、今日はワタクシことたーぱぱが先着。

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2時間待ってゲットした整理券は「ち-16」。まずまず。

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お仕事に向かわれるyosshuさんと別れて、そのまま今朝一番のプログラム、第71公演が行われる大阪弁護士会館へ。まだまだ時間は早いけど、腰を労わって座席確保。
公演内容は恒例になっているヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの弦楽五重奏曲。「第1番」から始まったプログラム、5年目の今年は「第5番 ニ長調 K.593」。

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今回もマイクを持つのはヴィオリストの吉田陽子さん。
開演となってホールに広がるモーツァルトのストリングス・クインテット。女性五名が奏でる優しくピュアな響きに酔っていると・・・。
第2楽章と第3楽章の合間に、まさかの大植英次監督乱入、もとい静かに入ってこられる。その瞬間、会場の空気もピーンと張り詰めたようで、楽の音も一層リンと引き締まった・・・ように感じる。気のせい??
演奏を終えて捌けていく5人を労いの握手で出迎えるカントク。
アンコールは第3楽章のメヌエット。ゲネプロから3回も聴かせて頂きました。

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そのあと、カントクがマイクを手にされる。何が始まるのン?
短いご挨拶のあと、サプライズで"美女5名"を交えての写真撮影会を仕掛けられたみたいなのですが、美女たちは早々と次の公演へと向かってしまったようで、カントクお一人で撮影会。

カントクの去り際、ワタクシことおっさんなのに、アイドルを出待ちする女の子みたいに、ドキドキときめきながらもパンフレットにサインして頂いて、初日に続いて二度目の握手までして頂きました。生きててヨカッたァ!!

次は、モーツァルトつながりで、第75公演のモーツァルトのピアノ三重奏曲。

と、その前にサッサと昼食はインディアンカレー。

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第75公演は、大阪市役所でのモーツァルトピアノ三重奏曲 第4番 変ロ長調 K.502」。華やかな中にも優しさを秘めた佳曲。なんとなくピアノを聴くとホッとしますねェ。
アンコールはロベルト・シューマン作曲「子供の情景」から第7曲『トロイメライ』。もちろん、トリオでの演奏でしたが、こちらも胸に染み渡りました。

と、ここまでは予定の行動。この後、フィナーレ公演までのつなぎは考えてなかった。とりあえず、ティーブレイク&ブログの下書きで時間つぶし。最終公演まで体力温存を考えたらミナミまで下りたくはない。

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ので、ANAクラウンプラザホテル大阪での第80公演、クラリネットとピアノのデュオへ。演目は、
パウル・ヒンデミット「クラリネット・ソナタ」
アレック・テンプルトン「ポケット・サイズ・ソナタ 第2番」

不勉強なワタクシことたーぱぱ、何れの曲も聴いたことが無かった。ヒンデミットはそこはかとなくデカダンでアバンギャルド。テンプルトンはJazzyにしてMellow。どちらもAdult-oriented、オトナやァんな調べ。ツボってしまいました。この公演を選んで大正解でした。

その後は日暮れつつある中之島界隈をブラブラ散策しながら最終公演の会場、三菱東京UFJ銀行 東銀ビルへ。
開場後まもなくyosshuさんと合流。

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今回の最終公演、演目は、
フランツ・リスト 「交響詩『前奏曲(Les préludes)』 ハ長調 S.97/R.414」
大栗 裕 「大阪俗謡による幻想曲」
オットリーノ・レスピーギ 「交響詩 『ローマの松』」

ワタクシことたーぱぱ、この1週間予習しながら、何故この3曲を選ばれたのか推察していたのだが・・・、「レ・プレリュード」は"人生は死への前奏曲"としながら、アルフォンス・ド・ラマルティーヌの詩の翻案であるから"愛はあけぼの、平和の中で憩え"って、第4部の"運命に立ち向かえ"って、ある意味オープニング公演のベートーヴェン「交響曲 第5番」の対と考えられる。
「俗謡」は"大阪繋がり"で分かりやすい。
では、「ローマの松」は?

指揮をされる大植英次監督の解説によると・・・、
「レ・プレリュード」はやはり、ラマルティーヌの詩「詩的瞑想録」から愛と平和を謳うと。
「俗謡」は作曲者、天神さんの祭り囃子、生國魂さんのお囃子やら大阪ゆかりの俗曲からの幻想曲であるからと。
「ローマの松」、その第4部『アッピア街道の松』。古代ローマ軍の凱旋を称えるのではなく、作曲者レスピーギが記すところに寄ると、軍隊や戦争ではなく、アッピア街道に咲き揃う桜並木を称えた謳うのだと。桜と言えば、大阪造幣局、そして大阪市の市花もサクラ。深くて難しいつながりやこと。

演奏はモチロン全てサブイボもの。
「レ・プレリュード」のファンファーレへと至るエクスタシーは、肉体の束縛から解き放たれていく魂の恍惚感。逝ってしまいそう。
「俗謡」、大阪らしい夏祭りの情景が目に浮かぶよう。
「ローマの松」ではオーケストレーションの妙を堪能させて頂きました。バンダのファファーレが轟いた時にはぞくぞくしちゃいました。

忘れちゃならない大植トークも冴え渡り・・・、
演奏開始前のご挨拶、「大阪クラシックは今年で6周年、結婚6周年は『鉄婚式』・・・」ってその件、朝方に伺ったような・・・。第71公演への乱入〜マイク・パフォーマンスは最終公演に向けての予行演習やったのね!?
平松 大阪市長を壇上へ誘ってのプレゼントは『鉄婚式』に因んで大阪ゆかりの鉄道模型。"京阪"と間違えて"京浜"と"京急"を持って来るって仕込んだネタなのでしょうか!?
「俗謡」の解説で、生國魂(いくたま)さんのこと、"イククニタマ"って、ウケ狙い!?
ちょっと、面白過ぎませんか。伺っていて、ドコまではウンチクで、ドコからがギャグなのか分からない。指揮っぷりがダイナミックにして繊細な分、トークも見極めがつきません。祭りの法被や阪神タイガース応援用法被まで仕込まれたら、なおさら。

アンコールは「童謡メドレー」から「八木節」、会場の観客全てを音楽の中に取り込んでしまう。パフォーマとオーディエンス、ひとつになって音楽ってことやね。

いやァ、今年も十分楽しませて頂きました。早朝から並んだ甲斐がありました。

そして嬉しい一言、「来年もお逢いしましょう」。マジで!!!!


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運命に立ち向かえ!! ~ 大阪クラシック2011開幕 ~ [音楽]

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今日は待ちに待った「大阪クラシック」の開幕。
オープニング公演から巡るのですが、今回はBD-1同好会(?)の3人で、でも自転車はなし。yosshuさんchiepoco ☆さんと昨日LOROさんで約束した通り、大阪市役所前で待ち合わせ。早めに出てお待ちするつもりがジュニア君を起こすのに手間取り待たせてしまいました。申し訳ありません。

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整理券配布は8時半なのに、7時で既に180人待ち。恐るべき集客力。荒天のためか市庁舎内へ誘導されたが、節電中で蒸し暑いこと。一人で90分は長いけれど、今日は話し相手がいるのでそれも耐えられる。

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8時半、ようやくに配布された整理券は[け列-15]。なかなかにいいポジション。早起きはするもんやね。

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開場時間までカフェでマッタリ時間つぶし。ポタネタや噂話でおしゃべりしきり。

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第1公演会場の三菱東京UFJ銀行 東銀ビルロビーはすでに立錐の余地もないくらいで、オーケストラの登場を待つばかり。大植英次監督が壇上に登場すれば、割れんばかりの拍手喝采。ワタクシことたーぱぱはチューニング中の緊張感が好き。監督がタクトを振り上げた途端の緊迫感も心地いい。

今年の開幕曲は、"ドイツ3大B"の一翼にして不滅の楽聖、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲「交響曲 第5番 ハ短調 Op.67」から第1楽章。ジャジャジャジャ~ンのインパクトにつれてテンションもあがるが、それに続く、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラの音が交差して、それがサスペンスのようでドキドキしちゃう。

MCでは説明されなかったけど、この曲を選ばれたのは、今回の未曾有の災害に対して、「運命に立ち向かえ!!」って意味を含んでいるのかしらン?
監督のMCは今回もテンション高く、ウンチクを含みつつもしっかり笑いまで盛り込んではる。

2曲目はベドルジハ・スメタナの「連作交響詩『わが祖国』」から"第2曲・モルダウ"。美しい都には美しい川が流れる。淀川をモルダウ川に見立ててはる。いいのかそれ!! 要約すると、祖国愛、郷土愛ってことね、多分。カントクの仰る言葉、その真意を汲み取るにはかなり難しい!? 揺蕩う川の流れを表した楽曲の方は、そりゃあ耳に優しくココロに沁みる。

ここで平松邦夫 大阪市長が壇上に。恒例の(?)ネクタイプレゼント。恒例の「ワイロじゃありません」コメント。年々ネタが巧妙になっているような・・・。

3曲目は"ドイツ3大B"からもう一人、ヨハネス・ブラームス作曲の「大学祝典序曲 ハ短調 Op.80」だったのですが、演奏開始前にカントクから「アンコールもあるので拍手は止めないように」と注意が入る。

そのアンコールはエドワード・エルガー威風堂々」。カントクの煽りで観客総立ちでの手拍子。サプライズに、平松市長を再び壇上に上げてタクトを持たせて振らせてしまう。すごい演出ですこと!! そりゃあ盛り上がりますって。

大興奮の第1公演が終わって、外へ出ると雨。帰宅されるというyosshuさんたちとはここでお別れ。再会を約束して、ここから先は独りで巡ります。

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第3公演の会場、相愛学園へ。この公演はヴァイオリンとピアノのデュオ。ガブリエル・フォーレの「ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 Op.13」。そこはかとなくおフランス的でトレビア〜ンでアンニュイ、ロマンティークな佳曲。

アンコールは同じくフォーレで「組曲『ドリー』」から"子守歌"。ブエルタ観戦による寝不足でフクロウ症候群のワタクシ、この時間はそれでなくても眠いのに、危うく夢の世界へ迷い込みそう。尺が短くてよかったよ。

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次に、第7公演にいくか第8公演にするか? バッハの無伴奏チェロをとるか、同じくバッハのブランデンブルク協奏曲を選ぶか? カフェお茶しつつ、iPadでお仕事しつつ思案投げ首。第8公演はおそらくヴィオリストの吉田陽子さんがMCだと予想して、そちらを選ぶ。こんなお天気の日に無伴奏チェロはココロに染み込み過ぎます、きっと。

開場時間のさらに40分前に会場に赴くとすでに長蛇の列。大きなビルを半周してますやん!!

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が、開場なって、なんとか座れる。

1曲目の"ドイツ3大B"の筆頭にして「音楽の父」、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲の「ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV.1048」。比率的に低音パートの多い小編成(10人)で気持ちよく響く。秋の晴れた日のポタあるいはドライブにうってつけな曲やね。
それに続いて、予想通りに陽子さんのMC。
2曲目は楽器編成を変えて、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの「ディヴェルティメント 第3番」。
そしてMCを挟んで3曲目のバルトークルーマニア民族舞曲(弦楽合奏版)」。
アンコール演奏前にマイクはコンマスの長原幸太さんへ。で、ちょっと意地悪な無茶ぶりサプライズがあって会場がドッと湧いたのは観たヒトだけのお楽しみ。いやァ、面白かった。あれはネタ繰ってたのか!? じゃなかったら、皆さん芸達者過ぎ!! エンターティナーやわァ。あッ、アンコールは3曲目からのリピート。

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本日の最終公演となる第13公演は19時30分開演にかかわらず、予想はしてたけど、17時にすでに長蛇の列。大植監督のソロとあってか、先頭さんは14時半から並ばれているとか。2時間半待ちなんて序ノ口ですやん⁉

第9公演のパーカッション・カルテットが轟く市役所、石敷きのロビーに座って待つのも楽じゃない。石から冷気が伝わるのかコシがかなりヤバいンですけど・・・。開場後座れたらええんやけどと祈ってみたら・・・。

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座れました(喜)。それも前から3列目。これもひとえにワタクシの日頃の行いのよさと精進の賜物。

カントクのソロ、演奏内容は「おたのしみプログラム」とされているだけのナゾ公演。一筋縄には行かないのは予想されるが、さてどんな楽曲がどう料理されるのやら。

待つことしばし。開演時間となって、カントクが一人の青年を伴って登場。ダレ? 何しはるヒト? おまけに、カントク、口に封印シール張ってはる。一筋縄どころじゃない??
カントクが喋り出すと長くなるので"おくちチャック"、で、通訳として甥御さんが同伴だとか。
それで、演目は?
セルゲイ・プロコフィエフの「ピーターと狼」?

子供のために作曲された楽曲で、本来はナレーターと小編成のオーケストラで演奏される。各楽器をおはなしの登場キャラクタに当てはめて、音で語り、ナレーターがストーリーを補足していくのだが・・・。

ナレーターは甥御さん? ピアノソロヴァージョンにしてしまうのン?
「ピーターと狼」からの大植流大阪風変奏曲で「オオウエとオオサカ」やて。

もともとのお話しは"ピーター少年と小鳥さんがいかにして狼を懲らしめるか"というものだが・・・。
大植流大阪風変奏曲では、
"大阪城公園星空コンサートのリハーサルへと赴かんとするオオウエ。それを見た子供達が「オオウエさん」と声をかける。
オオウエが大阪城のお堀にさしかかると、まだ飛ぶことも出来ないような子アヒルが泳いでいる。子供達が子アヒルにエサを与えていると、ネコが現れてそのエサを取ろうとする。
とそこへなぜかカミヌマエミコが登場。
和やかな大阪城公園に「たちの悪い自転車集団」が現れ、子アヒルを追い回し、ネコを木の上に追いやり、庭園を駆け回り、行楽客をかき乱し、あまつさえオオウエを取り囲んでしまう。
とっさにインディアナ・ジョーンズへと変身したオオウエはチェーンを振り回し「たちの悪い自転車集団」を蹴散らそうとするが逆襲にあい取り囲まれてしまう。
危機一髪!! 子供達に助けられ、子供達とともに「たちの悪い自転車集団」を取り押さえて大阪市が管理する駐輪場に閉じ込めてしまう。
不法駐輪する「たちの悪い自転車集団」に手を焼いていた大阪市の職員さんはその話しを聴いてホッと胸を撫で下ろす
"
って、ジェントルでオットコマエなシティ派ポタリスト代表のワタクシことたーぱぱとしては、耳が痛いような聞き捨てならんような・・・。なんでカタキ役が「たちの悪い自転車集団」なん?

その奇妙奇天烈なお話しはナレーションとピアノ、それに玩具笛、招き猫のぬいぐるみ、自転車のチリンチリン、中折れ帽子、アップリケで作った大阪市章などで表現。ピアノがオオウエで、玩具笛が子アヒル、招き猫がネコで、上沼恵美子の画像がカミヌマエミコで、自転車のチリンチリンが「たちの悪い自転車集団」、中折れ帽子がインディアナ・ジョーンズで、アップリケ製大阪市章が大阪市の不法駐輪を取り締まる職員さん??

プロコフィエフの原曲をピアノにアレンジして、「ネコ踏んじゃった」やら"某国営放送の某料理番組のテーマ曲"や"インディアナ・ジョーンズのテーマ曲"を散りばめた熱演ではあるが・・・。帽子やアップリケで変装したり、玩具笛吹いたり、ネコの鳴きまねしたり、すごいパフォーマンスではあるのだが・・・。途中で口の封印を取っちゃってるし。上沼恵美子の料理番組のテーマと違うし。インディ・ジョーンズはそんな帽子と違うし。ツッコミどころ満載で、ある意味ジョン・ケージとかより難解やわ、面白かったけど。

2曲目はなんだったっけ、照明まで落として、しっとりとピアノ・ソロ。

3曲目は恒例の「ふるさと」、♪ウサギ追いし〜♪。観客全員で大合唱。

盛り上がったのは盛り上がったけど、なんや、意図するところがよう分かりません。1曲目で飛んでしまいました。
自転車乗りが悪者・・・っていうのはなァ!! 悪辣な自転車乗りは一掃しろっていうより、どうすればマナーがよくなるかってして欲しかったね。まァ、握手して頂いたので特別に許してさしあげますけど・・・。

初日終了が20時10分。帰宅したのが21時前。朝からクラシックをお腹いっぱい堪能したのに、ママちゃんが、
N響アワー撮ってあるから。観てしまってェ♡
ん、フォーレのレクイエム? もう、満腹ですって。


「大阪、秋、音楽」と言えば・・・ [音楽]

まだまだ暑い日が続いているいるとはいえ、暦の上ではもう秋。

三題話しのようですが「大阪、秋、音楽」と言えば・・・、ここ数年大阪に秋の到来を告げる一大音楽イベント、「大阪クラシック」。

第6回目となる今年は、9月4日(日)から10日(土)、7日間全83公演が大阪市内の全28会場で開催される予定。うち13公演が有料ですが、それ以外は無料。オープニングとなる第1公演とフィナーレに当たる第83公演は要整理券。

平日はさすがに回りにくいのですが、今年も初日と最終日はしっかり巡りたいと思います。

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今からパンフレットに首っ引きで場所と時刻を確認しておかなくちゃ。


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"父"はどれほど偉大であるか [音楽]

仕事帰り、ついでがあって心斎橋。さらにそのついでに某楽器屋さんへ。

壊してしまったショルダー・キーボード(→記事参照)に替わるRolandのショルダー・シンセサイザーをついつい見てしまったら、追えども去らぬ煩悩の犬が騒ぎ出す。ワンワン!!!!

ジュニア君とママちゃんが永らく渡英してくれていたので遠慮なく大きな音が出せたのと、暑さにバテて自転車で徘徊することよりも"内省的徘徊"と称して音楽の森に潜んでいることが多くなってしまったせいでしょうか。週末の雨も多かったしね。

Rolandのショルダー・シンセ、予想以上に大きく、思いの外重い、オモイ。それ以前に16諭吉はフトコロへの負担が大き過ぎ。ママちゃんにどれだけスリスリしても、そんな予算は捻出出来ない!! それだけあればMacBook Proやちょっとした自転車が買えてしまうし・・・。

追えども去らぬ煩悩の犬に眼を瞑り、買って来たのが『バッハの音符たち 池辺晋一郎の「新バッハ考」』 。まァ、読書の秋、音楽の秋・・・やしね。

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以前買い求めた『ベートーヴェンの音符たち 池辺晋一郎の「新ベートーヴェン考」』と同シリーズ(→記事参照)。音楽雑誌に連載された池辺晋一郎氏のエッセイを一冊にまとめたもので、刊行されたのは「ベートーヴェン」より「バッハ」が先。6巻を数える同シリーズの1番目。

作曲された環境や経緯にはさほど触れずあくまで楽譜に記された音符たちから考察するこのシリーズは面白い。取り上げているのも、その作曲家の"キモ"が盛り込まれている楽曲の、さらに"キモ"の"キモ"たる部分を取り上げ解説されているので、語り口はあくまで優しいエッセイでありながら、オイシイエキスのピューレみたい解説本。作品ごとに譜例も散りばめられているので、読んで、聴いて、弾いてみて、3回美味しいのも魅力。

ワタクシことたーぱぱにとって、「楽聖」ベートーヴェンが恐れ多くもココロの師匠ならば、「音楽の父」大バッハは勿体なくも余りにも偉大なココロの父親。 その昔、シンガーソングライターキーボーディストだった頃はヨハン・ゼバスティアン・バッハを捩って漢字を当ててペンネームにしていたりもした。

若い頃は、ピアノやエレクトーンを習いながらもクラシックよりポピュラー系、背筋を伸ばして古典音楽よりアタマを振って髪の毛振り乱してハードロック・・・だったのが・・・。

ブリティッシュ・ロック → ハードロック → ディープパープル → ジョン・ロードとポイントが絞り込まれる中、ギターに負けず、かつ邪魔すること無く、それでいてキーボードの存在をアピールするためには、かっこいい"オカズ"、お洒落な"オブリ"を決めなきゃあとなって、それなら和声だけでなく対位法を学ばなければと決し、バロック音楽、分けても大バッハに至ってしまった紆余曲折の(?)音楽遍歴。
ハードロックやアートロックも長い歴史を持つ西洋音楽の礎の上に成り立っている・・・となったら無視は出来ません。とはいえ、未だにスケール練習するよりは髪の毛振り乱してリフ刻んでいる方が気持ちいいかったりするのですが・・・。

で、近年突発性難聴で右耳を壊してしまってからは、大きな音を避けるようにとドクターに言われたこともあって、ハードロックよりクラシック。音圧で言えばそんなに差異はないのでしょうが、印象として耳に優しい・・・かなっと。

話しがだいぶそれちゃいましたな。

古典派を経てロマン派までくればまだ聴き流せても、イメージとしてバロック音楽はより学術的で数学的。他の芸術と同様に音楽もその端緒は宗教と深く結びついて余りにも崇高。ついつい背筋を正してしまう。

ベートーヴェンは情熱の迸りとして作品を創った、ショパンは波瀾の人生を私小説のようにピアノで音を綴った。モーツァルトは溢れ来る天賦の才を披瀝するかのように楽曲を生み出した・・・感じがするが、大バッハはまるで荒行のごとく、あるいは錬金術のごとく多くの楽曲を著した・・・ようで、やはり難しくもありちょっと取っ付きにくい感がなくもない。それでも、「音楽の父」。Jon Lordだけでなく、John Bonhamだって、John Paul Jonesだって、John Lennonだって、Elton Johnだって、Johann Sebastian Bachの息子。

ジョン・ロード師匠を目指すロックキーボーディスト少年もバッハ大師匠に親しまないと、目の前で唸りをあげているギタリスト、ベーシストに、横で汗を飛ばすドラマー君に勝てないぞ、っと。いや、ギタリストだって、ベーシストだって、おいしいオカズをキメるには時に学術的研鑽も必要やぞっと。

同書には大バッハの著名な楽曲が20作以上、分かりやすく取り上げられています。この秋は、読んで、聴いて、奏して、読書の秋、音楽の秋を満喫しましょ。


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夜に想う [音楽]

シンフォニーは交響曲、コンチェルトは協奏曲。日本語(漢字)で表した場合、どちらも楽器編成から楽曲の雰囲気まで分かるようで、見事な訳語だと思う。因みに、交響曲(交響楽)というのは、かの文豪、森鷗外による訳語だそうだ。
エチュードの練習曲は勿論、ファンタジアの幻想曲というのもまだなんとなくどういう楽曲であるかイメージ出来る。奇想曲(カプリッチョ)は奇想天外なって感じからか?

分かりづらいのが、小夜曲(セレナーデ)と夜想曲(ノクターン)。
小さな夜の曲…? 夜に想う曲…? 小夜曲(セレナーデ)は夕暮れに親しい人への想いを込めて捧げる歌。日暮れに演奏するので小夜曲・・・なのか?

では、夜想曲(ノクターン)は? 夜に何を想う??

wikipediaによると、

もともと夜想曲は宗教行事として夜間の礼拝時に演奏されたことに起源があり、ノクターンの語源もラテン語のNoxによっている。 ピアノ独奏曲としてのノクターンは、アイルランド出身のジョン・フィールドに始まる。ショパンはワルシャワ時代にすでにフィールドの作品に接したものと考えられている。フィールドのノクターンは、基本的にアルペジョの伴奏の上に歌曲風のメロディが歌われるという単純なもので、ベルカント唱法をピアノ音楽で表現することに長じ、デビュー当初、サロン向けの音楽を作る必要のあったショパンにとって、打ってつけの楽曲形式であった…らしい。

そう、ノクターンと言えば"ピアノの詩人"ことフレデリック・フランソワ ・ショパン。その生涯に21曲も創られている。

ワルシャワ蜂起前夜、追い立てられるようにウィーンへと旅立ち、そしてパリ。音楽への情熱、想いのためにあとにした祖国。夜な夜な祖国を憂い、家族や友人の安否を気遣い、置いてきた恋人への惜別の念。"夜に想う"ことは限りなくあったのでしょうね。

当初ジョン・フィールドへのリスペクトだったのかも知れないが、国を憂い、家族を気遣い、恋人を惜しむうちに、フィールドの向こうにある"夜の礼拝"、祈りへと浄化したのが、ショパンの夜想曲…なのかも知れない。

ワタクシことたーぱぱは常々、音楽は祈り、願いだと考える。信仰心や宗教への関心は薄いが、ただ漠然とした祈り。あるいは一途な想いだと感じる。

故国ポーランドへの郷愁なら、同じく数多く創られたマズルカでいい。あえてノクターンと名付けた意味はそこにあるのではないか?

後年ジョルジュ・サンドと出会い、逃れるようにマジョルカ島へ移って以降も創り続けているが、何かを得てもそれと引き換えに失くしてしまったものたちへのオマージュとしてのノクターン。サンドと別れ、身体だけでなく、心までも病み蝕まれていく中書き綴ったのは、幸せだったことの思い出、華やかだった頃への憬れ。

21番まであるショパンの夜想曲は、"ピアノの詩人"が書き上げた21章の私小説なのかも知れない。だから、喜びも哀しみも、高揚感も喪失感も、ショパンの総てが表現されているのではないか。

とまァ、なんの根拠もない戯言。その殆どが数名の女性に献呈されているので、案外"想い"は奔放な恋愛のスナップなのかも知れません。もう200年も前のこと。現在の演者がどう解釈するか、今の聴衆がどう受け止めるか。

さて、ショパンの数あるノクターン、代表とされるのは「第2番 変ホ長調 Op.9-2」だとか。ロマンティックで甘やかな旋律は心地良さを含んで耳に優しい。
でも、ワタクシことたーぱぱ、初期の作品なら、「第2番」と一緒に出された「第1番 変ロ短調 Op.9-1」かな。1番としたからには、それだけショパンのピュアな"想い"が詰まっているような気がして。
後期の、何処か諦観を含んだような物悲しさもいいですかね。「第20番 嬰ハ短調」、これから先の季節、秋の夜長に物思いしながらノスタルジーに浸りつつ、しみじみと聴き入るのに打ってつけ。

出来れば長い夜に、私小説としてのノクターン、第1章から第21章までじっくり聴き比べてみたいですね。


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壊しちゃった [音楽]

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YAMAHAのマスターキーボード KX5である。いわゆるショルダーキーボードで、音源が内蔵されていないので完全にコントローラなのですが、比較的軽量で振り回しやすくて今だに使っていたのですが、1984年発売ですから27年前の製品、経年劣化でバッテリーケースが破損。

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1999年に生産を終えて、既に保守部品も無さそう。WEBで調べてみると、同じような状況に陥ってる方もおられるようで、電気部品を扱っているところでかなり近しいパーツが手に入れられるらしいが…。

ヤン・ハマーに憧れて、ギタリストやベーシストに対抗してフロントでピンスポットを独占出来る器材として愛用していてので、これがないとスタイルが変わってしまう。 通常の据え置き型キーボードと違って鍵盤の打面とともに演奏する指先を観客に向けるのに抵抗もあったし、ブラインドで弾きこなすのもかなりの修練をようしたけれど、ステージのセンターでスポットライトを浴びる快感はチョー気持ちよかった…ンですが。

YAHAMAさんはもう同様の製品を作っていないしねェ。
Rolandのショルダー・シンセサイザーは音源も内蔵されているので完全にワイヤレス化されて走り回れるようだけど、そんな予算はないしねェ。 さて、どうしよう!?


タグ:YAMAHA KX5

午睡の夢 [音楽]

本格的な夏到来。体感的には猛暑、酷暑。いや、猛暑と呼ぶには猛々しすぎるし、酷暑にしても酷過ぎる。おまけに、熱中症に気をつけろとか、TVが暑さをさらに煽りあげている。暑さに疲れた、ポタリングでバテたカラダを休めるにはお昼寝が一番!

で、かの原発事故から省エネ、節電が呼びかけられる中、いかに快適にお昼寝するか!?

寒いくらいにエアコン効かせるわけにもいかない。せめて気持ちだけでも快適に癒したいとなったら、心地いい音楽にココロを浸しながら、となるわけで。

「レクイエム」を聴きながらとなると、ママちゃんから「永眠する気か!?」とツッコミくらう。
古典~前期ロマン派にも夢の中へ誘ってくれそうな作品はあるでしょうが、"音楽の父"が作られた曲で眠るのは恐れ多い、"楽聖"のお作となればなおさらのこと、と言って、ショパンの「子守歌(Berceuse)変ニ長調 Op.57」はそのまンますぎるし、夏の日の午睡向きじゃあない・・・ような気がする。で、きっぱりと印象派。

新しいから軽んじる、ということでは勿論なく、印象主義、象徴主義の音楽は当たりの柔らかさというか、はんなりやんわり、押し付けがましい感情やストーリー性が希薄で、聴きながら夢の中に落ち込んでいくのにちょうどいい・・・ような気がする。
ひんやりとした水に浸された感覚。光と風と水、不定形な現象を音に変えたような。

その代表者はやはり、クロード・ドビュッシーになるのでしょうが、その代表作となると「月の光(ベルガマスク組曲)」とか「交響詩『海』」、「夜想曲」等々。

『月の光』は以前当ブログでも取り上げた(→記事参照)ポール・ヴェルレーヌの詩集「艶なる宴」からの翻案。
月の光の煌めき、風のそよぎ、水の揺らめきが表現された名作ですが、月の光はルナティック、もの狂わしくて、眠っちゃいけない。月光が水面に降り注ぐ時にエクスタシーを感じるわけで。

『夜想曲』もちょっとお昼寝向きじゃないし、『海』もうかうかすると溺れちゃう。

で、『2つのアラベスク・第1番』あたりでしょうか。
調性の不安定感が水に浮かべたボートかなんかでうたた寝しているような、木陰のハンモックに揺られながらの微睡みのような心持ちを誘う。輪郭線のはっきりしない印象派絵画を音にしたような、夏の日中の陽炎めいた"揺れ感"が午睡向き。

『夢』、『夢想』とも訳される『Rêverie L68』もその名のとおり、眠りに誘ってくれそうな曲調。アラベスクよりある意味眠りやすいかもしれません。

「子供の領分」で幼子のように眠れるかと思いきや、『像の子守歌』では踏みつぶされそうでおちおちイビキをかいている場合じゃあない。

どうしてもピアノ曲ばかりになってしまうが、2つの前奏曲集「第1巻 L.117」と「第2巻 L.123」に含まれる幾つかの楽曲もゆらゆらと調性が漂う夢心地。
特にお気に入りは「第1巻 L.117」から『デルフィの舞姫(Danseuses de Delphes)』。古代ギリシャ時代の世界の中心デルポイで神懸かりに舞を舞う巫女を表現しているのでしょうか。ほんの少しだけジャズの風味も入っているし、それでいて神秘的。夢のお告げを得る・・・かもしれません。

あえて真夏に『雪の上の足跡(Des pas sur la neige)』はいかがでしょう。エアコン不要になるかもしれません。まァ、何れも標題音楽じゃないので、タイトルに大きな意味はないのでしょうが・・・。

『亜麻色の髪の乙女(La fille aux cheveux de lin)』が添い寝してくれたらきっといい夢が見れそうですが、それはママちゃんが怖いので止めましょう。

『沈める寺(La cathédrale engloutie)』では竜宮城の乙姫様が添い寝・・・(以下同文)。やや荘厳すぎますしね。

「第2巻」の『霧(Brouillards)』や『枯葉(Feuilles mortes)』は悪夢を呼びそうだし、『月の光が降り注ぐテラス(La terrasse des audiences du clair de lune)』は耳に心地いいけど、またしても狂おしい月の光。

『水の精(Ondine)』、オンディーヌが添い寝してくれたら・・・、それは死に至る眠り。

『カノープ(Canope)』もギリシャ神話からかしらン?

最晩年のソナタ3作も聴くにはいいし、好きではあるが、眠るとなるとちょっと難しいかなァ。

って、曲を選んでいたら眠気が覚めて来たァ!!
おまけに、のんびりと午睡を楽しむには曲選考よりママちゃんやジュニア君に邪魔されない環境を設えないといけないし。

BGM無しでもいいから、ほんの少しでいいから、眠らせて。


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